本場筑前博多織 黒木織物

平地八寸「変わり献上」

献上 博多織

慶長五年(1600年)、黒田長政が筑前を占領、筑前藩主となってからは博多織を江戸幕府(将軍家)への献上品として選び、毎年三月に着尺三疋と帯地十筋を献上し、これらの品々を定格献上と名付けると同時に織元を十二戸に制限し「織屋株」と称する特権を与え、保護という名のもとで統制を行い献上の風格と価値を守っていく事となります。

献上柄とは仏具である「独鈷」と「華皿」を図案化し結合紋様としたものに「親子縞」・「孝行縞」とよばれる縞を配したもので、幕府への献上品として定められた事により「献上博多織」の名が生まれました。

「独鈷」 煩脳を打ち砕くとされる仏具・法器。
「華皿」 仏の供養の際、散布する花を入れる皿
「親子縞」 太い縞が細い縞を挟むように配された縞で「親が子を守る」という意味があります。
「孝行縞」 細い縞が太い縞を挟むように配された縞で「子が親を慕う」という意味があります。
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